【男性不妊】妻が妊娠に至るまでの記録(2)我々の妊活年表【不妊治療】

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前記事に引き続き、妊活の話です。

以下の手記は男が書いたという意味でとても貴重な妊活事例だと感じています。また我々の経験が一人でも多くの方に役立てばと思い、ここ今までの経緯を記します。

この記事では我々のケースについてざっくりと纏めたいと思います。

プロフィール

不妊症や妊活についてつらつらと書く前に、まずは、当方のプロフィールを記します。

2017年5月時点で筆者♂ 33歳、妻32歳。東京在住東京勤務、非東京出身。なお、出産予定時妻は33歳になる予定。

なお結婚は3年前、共に30歳になる前に結婚した。1年くらいは特に意識せずに生活し、その後始めた妊活期間は約2年となりました。

 

我々の妊活年表

簡単にまとめるとこんな感じ。

2013年 筆者29歳 妻28歳 結婚

2014年GW明け (夫30歳、妻30歳)妊活をスタートさせる。GW明けなのは、海外旅行の予定がGWにあったから、それが終わってからということで。

2015年 全く妊娠の兆候無く、家近くの婦人病院に行ってみる。タイミング療法に入る。妻はサプリメントを摂取しながら、体温測定を日々行う。

2015年9月 初めての精液検査

2016年2月 人工授精(AIH)を始める。

2016年3月 男性不妊サプリメントの摂取を始める

2016年7月 AIHを5回行ったが、全て失敗。体外授精(IVH)に移行するべく、都心の不妊治療専門病院への紹介状を承る

2016年9月 専門病院での説明会に参加。

2016年10月 体外授精(IVH)1回目⇒失敗。採卵・採精を行ったが、1つも受精卵を調整できなかった。

2016年12月 体外受精(IVH)2回目⇒失敗。授精成功、受精卵が1つ調整できた。その後、受精卵を着床させたが、安定せず、着床から1週間持たずに流産した(この場合の流産を化学流産というらしい)

2017年2月 なぜか自然妊娠が発覚。化学流産だったため、hGGや黄体ホルモンなどの女性ホルモンを通常時まで落ち着かせる必要があった。間を空けて2017年3月から体外授精を再開する予定だったのだが・・・本当に人間の体は不思議である。

 

妊活を始めるまで

さて、なぜ妊活を始めたかというと、当たり前の答えで恐縮ですが、子供が欲しかったができなかったから。結婚してから1年程は、旅行や新婚気分を楽しみたかったので、意図的に避妊していました。(海外旅行に3回も行きました)当時私は29歳、妻も29歳だったので、いつでも子供はできると高をくくっていました。1年くらいたって、避妊をやめ、子供を授かる努力をしましたが、そこから1年間妊娠という結果は産まれませんでした。世代的なことだが、どんどん周りの夫婦は子供ができていく。中には第2子までいる人も少なくはない。そんな中、自分たちのところはできない。精神的にもかなり辛い時期でした。厚生労働省が定めた不妊の定義も「1年間」性行為を行って妊娠しないことを指していたこともあり、我々は妊活を始める決断をしました。特に妻が希望しました。私一人では決断できなかったことかもしれないです。女性の方が加齢による影響はもちろん強く、仮に妊娠しても様々な悪影響が懸念される(染色体異常など)。50歳で出産の場合、7分の1の確率でダウン症になると聞いたこともあります。もちろんそんなことは口にはしませんが、妻の気持ちに応えるという形で我々は妊活をスタートしました。

今思うことは、妊活は正直お金もかかるし、根気もかかります。だが、子供が欲しいという気持ちに嘘偽りが無いのであれば、すぐにスタートすることを私は勧めます。あの時スタートして手を打っていなければ、まだ悩んでいたのかもしれません。

男性の場合は、まずは精液検査からスタートです!

 

次記事に続きます。

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